前回は家族や親戚のその後について書いていきましたが、被害者については全く触れられていません。
宮崎勤が犯した人物たちは、現在どのような生活を送っているのか……気になりますよね。

今回は、被害にあった人たちのその後について、いろいろ見ていきたいと思います。

前回の記事
⇒ 宮崎勤の一族の末路まとめ!母親や妹と親戚の現在を調査

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被害者のその後の生活はどう?

被害にあっていたのは、当時4歳~7歳という非常に低い年齢の女の子たちでした。

宮崎勤に誘拐されるなどして関わった女の子たちは、全て他界しています
子供の両親や親戚に対しても「告白文」などで釈明を図ったりしていましたが、とにかく事件のやり方がえげつなかったことから、あまり話題に登ることはありません。

手をかけた子に対する手紙の内容、なかなかヒドイもんです。

では、どうして真理ちゃんをあやめたかについて告白いたします。
私は、私の不注意からなる不慮の事故で、5才になる、たった一人の子供を亡
くしてしまいました。高齢と切開の事情で、今までの目の前にいたその子供を
みると、むしょうに、手が届かなくなる圧迫感にかられました。無念の一語で、
子供をふとんに寝かせたままその日が過ぎ、頭の中もぼやけてきました。
何を思ってか、砂糖湯だとか、湯たんぽを買いに行くのは、なぜか、看病のこ
としか頭になく。それでも、いつの間にか、防腐剤まで買ってきていました。

この文書では「不慮の事故で亡くしてしまった」と証言しているのですが、裁判では「よくわかんない」とか「子どもの時に戻りたかったから」といった供述をしています。
本心はなんだろう……と思ってしまいそうです。

さらに、最終的な刑が確定する直前に書いた手紙には、被害者や遺族に対して「いいことができて良かったと思う」と書かれているのがニュースになりました。これによって、さらなるバッシングの追撃が始まったんですよね(´・ω・`)

精神医学もそこまで進んでなかった時代なので、世間的には”単なる異端者”というイメージしか抱かれてませんでした。
その影響で、「大きなお友達」を対象にしたオタクアニメや、過度な描写が施されているホラー作品などが規制ラッシュに巻き込まれる”社会現象”にまで発展したのです。

社会に大きな影響を与えた後でも、親族に対する謝罪の意識の無さはまったく変わりませんでした。
そのまま年月が経ち、刑が執行されて一段落が着いたっていうのが、この事件の結末です。

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親族はどう?

女の子たちがいなくなってしまった後、親族はどのような生活を送っているのか。
これについては、裁判が終わってから社会で情報が出回るようなことが無くなってしまいました

今後の生活にも支障が出てしまいますし、被害にあった当時の情景を思い出すだけで体調不良に陥るトラウマを抱えてしまった人もいますからね。

同じ土地に住んでいたらイヤでも思い出すため、引っ越した人が多くいたとはウワサされましたが……
実際のところ、よく分かってないのが現状です。
メディアで取り上げられないようにすることで、精一杯なのかもしれません。

とはいえ、「宮崎勤」の事件は度々テレビでも特集されています。
事件の当事者であった親族たちは、どのような気持ちで番宣を見聞きしているんでしょうか……

ぼくだったら、「もう思い出させるのはやめてくれ」ってなりそうです。

まとめ

宮崎勤の被害者のその後はどうなっているんだろう?と気になったので、親族とともに調査していきました。
事件に関わった女の子たちは、すべて不幸な状況となっていたんですね……なんとも言えない結末です。

事件の裁判などで戦っていた親族たちの心は、当事者でないと分からないほど複雑な気持ちだと思います。

風化させてはならない事件である一方で、もう見たくない人もいるかもしれない。
今後に伝えていくには、非常に難しい話題だと感じました。

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