1977年9月28日に日本赤軍が起こした、『ダッカ日航機ハイジャック事件』。

当時の総理大臣であった福田赳夫首相が「一人の生命は地球より重い」と述べ、服役中だった収監メンバーを釈放した”超法規的措置”をとったことでも有名な事件です。

事件が起きてから、去年でちょうど40年。

現在も行方をくらませている実行犯がいると言われると、ちょっと気になる人もいるかもしれません。

そこで今回は、ダッカ日航機ハイジャック事件に関わった人物のその後について迫っていきました!

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ダッカ日航機ハイジャック事件とは何?

ダッカハイジャック事件についてはwikiにもまとめられていますが、分かりやすく記すと以下の通り。

1977年9月28日、日本赤軍(かつて存在した左翼の武装集団)に所属する5名が、パリ発東京行きの日航機をハイジャック。

バングラデシュの首都ダッカにある空港に強行着陸させた。

犯人グループは、人質の代償として以下の2つを要求する。(回答が無い場合、人質の命を順次”絶つ”という条件もつけた)

  • 身代金として、600万ドル(当時の金額で約16億円)を要求
  • 日本で服役・勾留中の9名(名前は後述)の釈放と、日本赤軍への参加

これを受け、当時の内閣総理大臣・福田赳夫首相は人質の命を代えることはできないという意味で「一人の生命は地球より重い」と発言。

超法規的措置として、犯人グループから要求された収監メンバーの引き渡しに同意することを決めた。

(その後、批判もあって福田首相は辞任)

これで済むかと思いきや、テロに屈したところをみた犯行グループは、直後に追撃のクーデターを起こす。

11人の死者が出たものの、最終的にはアルジェリアで全ての人質を解放することに成功した。

しかし、数名の犯人グループはハイジャック防止条約を結んでいなかったアルジェリアへ投降することで、行方をくらませる。

この事件でいろいろ迷惑をかけた日本は、バングラデシュに対し”使節”を送って謝罪や謝礼をしましたが、相手国からは補償などの要求はあ無かったとのこと。

やさしい(´・ω・`)

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ダッカハイジャック事件の犯人と現在

ダッカ日航機ハイジャック事件における犯人グループの、その後について。

直接ハイジャックに関わった”実行犯”と、彼らが要求した”釈放犯”がいるので、それぞれ項目別に見ていきましょう。

実行犯

丸岡修

1950年生まれ。

事件後、国際指名手配に認定。

1987年11月21日に東京で逮捕され、2000年3月に無期懲役判決を受けた。

2011年、医療刑務所で病死。享年60歳。

和光晴生

1948年生まれ。現在69歳。

ハイジャック事件後も世界を相手にしたテロを繰り返す日本赤軍に不満を持ち、日本赤軍を脱退。

パレスチナ人民解放軍の一員となるものの、1997年2月15日にレバノンで逮捕された。

日本に移送され、2009年に無期懲役が確定してから現在も服役中

(ただ、これは別の人質事件による判決。ハイジャック事件にも参加したと言われているが、立件はされなかった)

佐々木規夫

1948年生まれ。

1998年に釈放犯の奥平純三とともに東京を訪れていたことが分かっているものの、逮捕に至っていない。

今も国際手配中である。

生きていれば、現在69歳。

坂東國男

1947年生まれ。

国際指名手配中

事件後は中東に拠点を置いて、中国・ルーマニア・ネパールを入出国している形跡があるものの、現在の消息や生死は不明である。

生きていれば、現在64歳。

西川純

1950年生まれ。現在67歳。

事件後は国際指名手配に認定され、1997年11月18日にボリビアで逮捕。

直後に日本へ移送されて、2011年9月に無期懲役が確定した。

現在は服役中

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釈放された人物

奥平純三

1949年生まれ。

1976年にヨルダンへ偽造旅券で不正入国する際に逮捕された人物。

それまでも数多くの事件に関わっており、ハイジャック事件を機に釈放された後も様々なテロを行っていたことから、国際指名手配に認定された。

1998年に実行犯の佐々木規夫とともに東京を訪れていたことが分かっているものの、逮捕に至っていない。

現在の生死や行方は不明。生きていれば、現在69歳。

城崎勉

1947年生まれ。現在70歳。

1996年ネパールで拘束され、アメリカに移送。

アメリカの刑務所で服役した後、2015年に釈放されてからは日本へ強制送還→到着した成田国際空港で逮捕された。

(東京地裁によって懲役12年が言い渡されたものの、即日控訴)

大道寺あや子

1948年生まれ。

ハイジャック事件で釈放された後に出国し国際手配に指名される。

1999年に日本赤軍の最高幹部である重信房子と会合を持ったことなどが確認されているが、現在の行方は不明である。

生きていれば、現在69歳。

浴田由紀子

1950年生まれ。現在67歳。

釈放された後、逃亡して日本赤軍に加入したことで国際手配に指名される。

1981年に第一子を出産。

1995年ルーマニアで拘束され、日本へ送致された。

2004年に懲役20年の判決が確定。2017年3月23日に刑期満了で釈放された。

現在は「えきたゆきこ」の筆名で作家活動を行っている。

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泉水博

1938年生まれ。現在79歳。

釈放された後、逃亡して日本赤軍に加入したことで国際手配に指名される。

1986年にフィリピンで逮捕。

日本へ送還され、現在は無期懲役で服役中

仁平映

1946年生まれ。

釈放された後、逃亡して日本赤軍に加入したことで国際手配に指名される。

現在も国外逃亡中。

詳細な消息は不明である。

生きていれば、現在72歳。

植垣康博

1949年生まれ。現在69歳。

ハイジャック事件当時の釈放要求を拒否し、かつ”今”が分かっている唯一の人物。

(「日本に残って連合赤軍問題を考えなければならない」という理由によるらしい)

赤軍派として銀行強盗(M作戦)を行ったことで懲役を受けていたが、1998年10月に出所

現在は静岡市にあるスナック「バロン」でマスターをしている。

知念功

釈放要求を拒否。

その後は不明である。

大村寿雄

釈放要求を拒否。

その後は不明である。

まとめ

ダッカ日航機ハイジャック事件がテレビで取り上げられるということで、関係していた人の現在などについてまとめていきました。

行方不明である人も多い中で、お店を開いたり作家になっていたりする人もいたんですね~

かなり昔の事件ではありますが、テロに屈したら追撃が来る……という点は、今でも通用するものなのかな?と思います。

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