・クリスマスは12月25日ではなく、実は「1月6日」になっていたかもしれない。

・キリストの誕生日は、誰も知らないままクリスマスを受け入れている。

……このような事実を耳にすると、「えっ、どうして?」となりますよね。

それじゃあどうして、今のような12月25日が常識となったのか、気になるところです。

そこで今回は、クリスマスの起源について、分かりやすく紹介していきたいと思います!

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クリスマスの始まりは「12月25日」ではなかった!

今でこそ名実ともにキリスト教最大のイベントとなっているクリスマスですが、じつは最初のころは「イエスの誕生日を祝う」という習慣は存在していませんでした。

初代の教会にとってはイエスの死と復活のほうが重要視されていたようで、誕生日にはそれほど目を向けられてなかったのです。

これが3世紀ごろになってくると、イエスが人として地上に出てきたことも重要な救済の出来事と考えられるようになり、それを祝うためにイエスの生まれた日を確定する必要が出てきたんですよね。

しかし、聖書に書かれているイエスの誕生では、内容が不十分。

「イエスの死から三日後の日曜日」とは書かれているものの、何月何日に生まれたのかまでは書かれてなかったのです。

そこで現れたのが、

・アレクサンドリア発祥の1月6日説
・ローマ発祥の12月25日説

でした。

幽界神を奉るバシレイデス派の「1月6日」説

エジプトのアレクサンドリアでは、2世紀中頃から4世紀にかけて「バシレイデス派」と呼ばれるキリスト教の分派が活躍していました。

グノーシス主義(人間の本質と至高神は、本来同一のものだとする思想運動)の流れをくむバシレイデス派は、

イエスは人間だったが、洗礼を受けたことによってこの世に神として顕現した

と考え、独自に1月6日~10日をイエスの洗礼記念日として祝っていたのです。

もともと1月6日のエジプトでは、冥界の神・オシリスが奉られる祭りが行われていました。

神話によると、オシリスは他の神によって命を奪われてしまいますが、遺体をつなぎ合わせたことで見事に復活し「死者を司る神」となります。

死後の再生を信じてミイラまで作ったエジプト人にとっては、崇拝してもし足りないくらい神様だったわけです。

なので、バシレイデス派の人々は「イエスのほうが真の神である」ことを主張するため、あえてライバル宗教の祭日にイエスの洗礼日をぶつけたと言われています。

この習慣が、後に東方正教会へ伝わった時に

「イエスは洗礼によって神になったのではなく、生まれたときから神であった」

とする正統派の神学が反映された結果、1月6日はイエスの洗礼&生誕を祝う日として定着……というのが、この説の内容です。

太陽神を奉るミトラ教の「12月25日」説

一方で、ローマから広まったのが12月25日説。

もともとこの日は、当時ローマで普及していた「ミトラ教」の祭日でした。

光明神をまつるゾロアスター教から派生したミトラ教は、太陽神・ミトラスを崇拝しており、ローマに宗教が輸入された頃から

太陽の勢いが最も小さくなる”冬至”にあたる12月25日

を、この日を境に太陽がチカラを取り戻しはじめる「不滅の太陽の誕生日」として祝っていたのです。

最大のライバルであったキリスト教とのイザコザもありましたが、4世紀になって開かれた「キリストとは何者か」を定義した教会会議によって、クリスマスが正式に12月25日に決定。

後にミトラ教が衰退したため、結果として

12月25日といえばイエスの誕生日

という共通理解だけが残るようになった……というのが、この説の内容です。

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「お祭り主体」となったのは、別の理由!

1月6日の「オシリス崇め祭り」と12月25日の「不滅の太陽の誕生日」がキリスト教に吸収合併された際、ローマにはもう一つ、クリスマスに大きな影響を与えた祭りがありました。

それは、サトゥルナリア祭と呼ばれる、プレゼント交換やお祭り騒ぎの習慣。

現在のようなお祭り主体のイベントとなったのは、教会とは全く関係ない「祭日」が理由だったんですね。

サトゥルナリア祭とは?

ローマ帝国では、冬至の期間である12月17日~24日にかけて、農耕の神・サトゥルヌスを讃える「サトゥルナリア祭」を行う習慣がありました。

この期間だけは仕事がすべて休みとなり、人々はどんちゃん騒ぎに明け暮れ、親しい人同士でプレゼントを贈り合っていたのです。

また、主人と召使いという立場を逆転させたりするゲームも流行っていたそうで、日本で言うところの「無礼講」が知られるようになった始まりともされています。

現在のクリスマスの陽気な面は、このサトゥルナリア祭の伝統から受け継がれたものと言っても、過言ではありません。

ちなみに、16世紀ごろになって宗教改革が始まった際、ドイツの宗教改革者・ルターは

「キリスト教に関係のないプレゼント交換やどんちゃん騒ぎの習慣は、崇高な儀式にそぐわない」

として歯止めをかけようと行動していたそう。

賛美歌やクリスマスソング、クリスマスツリーに明かりをつけることを考案したのも彼でしたが、さすがに行き過ぎていると感じたのでしょう。

結局、民衆のニーズに押し切られてしまったことで、根絶はできませんでしたけどね(´・ω・`)

楽しく過ごせればOK!

クリスマスの起源について、様々な説が取り上げられていたため、分かりやすく紹介していきました。

要は

①キリスト教徒ローマの文化が、地中海沿岸からヨーロパ全土に広まっていく

②その過程で、様々なお祭りと混じり合い、現在のクリスマスの原型が作られた

というのが、本記事でお伝えしたかったことです。

まあ、昔の過程がどうであれ「お祭り」の雰囲気を味わうだけで、十分に楽しめることに違いはありません。

普段から親しくしている友人や恋人といっしょに、楽しく過ごしていけるようなクリスマスにしましょう!

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